「ファド礼賛」

故・黒田清氏(ジャーナリスト)


私は柄にもなく、ある歌手の後援会長をしている。歌手の名は、月田秀子さん。ファディスタである。ファディスタというのは、ポルトガルの民謡であるファドを歌う人のことだ。日本で一人しかいない。 もうずいぶん前、たしか昭和30年代、「暗いはしけ」というファドが日本で流行った。ポルトガル女性歌手、アマリア・ロドリゲスの歌う切々とした歌声が、多くの日本人を魅了したのだ。 ファドは、女性が、帰ってこない男性を慕って歌う歌だと言われる。 私は、もう30年ほど前、ポルトガルの酒場で、ファドを聞いて、とりこになった。 当時の日記にこう書いている。

<リスボン泊。ビヤホールで夕食。夜、10時半ごろ、ファドを聴かせてくれるというバーへ行ったが「早すぎる」と言われ、船員や労働者のいるバーで過ごす。12時半、ファドの店へ。暗いバー。壁にもたれて、黒いスーツ、黒いショールの女が、体をそるようにして、三曲づつ、交代で歌う。シーンとしてコニャックを舐める音にまで気を使うほど、みんなが溶けている。…>

月田さんは、そのころはまだ子供だった。70年代の学園紛争時、大学で何が起きているのか知りたくて、立命館大学に入り、ノンセクトの黒ヘルメットをかぶっていたそうだ。
演劇をやっていくうちに、シャンソンに出会い、一日千円で唄いながら、生命保険のアルバイト。精神的にやられている時にファドに出会った。ポルトガル語が判らないでファドを歌っているのはおかしいからとポルトガルへ行き、現地でファドを歌うチャンスに恵まれた。
ロドリゲスに認められて、聴衆が六千人、七千人という円形劇場で歌って、津波みたいな喚声と拍手を受け、自信をつけた。だけどファディスタはほとんどノーギャラで、出演したらいっぱい呑めるという感じ。貧しさはそのころから身についている。今もマネージャーもなし。一人暮らし。大阪市内のマンションでライブのチラシを作り、市場へも自転車で出かける生活。

しかし、ファンは少しづつ増えている。12月7日の大阪でのリサイタルは数百人の聴衆を集めた。同13日、NHKが30分番組「魂の歌ファドは海を越えて」を全国放送。その反響が大きく、今月4日午後1時25分から再放送される。

黒い衣装が似合う彫りの深い顔、ポルトガルの宝くじ売りか魚屋のおかみさんのような生活感のある声、日本のファディスタ、月田秀子さんはようやく人の心を引き付けるチャンスをつかんだ。


1995.1.4  日刊スポーツ新聞『ニュースらいだー』より

©TSUQUIDA HIDECO FADO CLUBE 2005

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