冬の札幌の夜は明けて

五木 寛之


 いつ倒れてもおかしくない、と自分のことを思っている。
  こんな無茶苦茶な暮らしを続けていて、無事でいられるわけがないだろう。
 「人生五十年」 と、昔はいった。
  それは、人は五十年生きるのが普通である、ということでもあるまい。
  せめて五十年くらいは生きたいものだ、という願望のこもった言葉のような気がするのだ。
  いま、私たちは長く生き過ぎていると、しばしば感じることがある。
  しかし、長く生きるということは、それだけの人生の重荷を長く背おって歩くことでもあるのではないか。だから、とりあえずは、「元気で長生き」と、いうのが私の望みだ。ボストンバッグひとつさげて、列島中どこでも気軽に歩き回っていられるうちが花。 魅力的なファド
 きょうは札幌にきている。きのうまで雪が舞っていたそうだ。さすがに外の空気はつめたい。
 札幌にやってきたのは、月田秀子さんと、ジョイント・コンサートをやるためである。
 ジョイントといっても、私には歌をうたう芸はない。
 朗読やおしゃべりで、月田さんの歌の合間をつなぐのが私のお役目。
 歌だけを聞きたい人には、さぞかし邪魔な存在かもしれない。しかし、まあ、そこは一つ、お目こぼし願って、三回のコンサートに参加することとなった。
 札幌のあと、大阪のサンケイホールが十二月三日。東京は新橋のヤクルトホールで、十二月六日。ヒマと、少しお金のあるかたは、どうぞおこしください。
 月田秀子さんは、わが国ではめずらしいファド専門の歌い手である。
 かつてリスボン大学に学び、のちにファド歌手に転じた。かのアマリア・ロドリゲスが高く評価した、唯一のアジア人ファド歌手、というと大げさのようだが事実である。以前、マカオの「ポルトガル・ナイト」に招かれて出演したのも、そのためだ。
 彼女のうたうファドは、素人の私がきいても鳥肌が立つときがある。しかし、残念なことに、月田さんはポルトガル語でうたう。
 ときどき日本語に訳した歌詞をはさむこともあるが、いまひとつしっくりこないうらみがある。 ギリシャの歌も
 ファドはやはりポルトガル語にとどめをさす。
 しかし、ファドは詞の内容がじつに深く、また重い。うたわれている言葉の意味がわかると、二倍も三倍も魅力がましてくる種類の歌だから、その辺が問題なのである。
 そこで私の出番となったわけだ。
 月田さんの歌の前に、その曲の内容を手短に紹介する。ときには訳詞を、気取って朗読し、はたまた月田さんの話を引きだす。つまり絵の額縁の役割をつとめようという次第。小さな親切、大きなお世話、か。
 むかしはMCといったこういう仕事を、いまではいらそうにナビゲーターなどと称する。
 曲の選択や構成、編曲や衣装まで口をだすのだから厄介だ。
 まあ、よくこんなうるさい人間をやとってくださるものだと、本人が感心してりゃ世話はない。
 こんどのコンサートでは、ファド以外の曲もうたってもらうことにした。ギリシャのミキス・テオドラキスの「汽車」に、日本語の詞をつけた「汽車は八時に出る」など、など。
 ただいま午前六時を少し回ったところ。
 あすのコンサートは、たぶん寝不足にちがいない。窓から見える藻岩山の雪が目にしみる。おお、寒む。


「みみずくの夜メール 第30話」 朝日新聞2002年12月2日掲載



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